経歴

代表 士野楓の経歴紹介

士野楓

士野 楓(しの かえで)
1958年2月20日 ソウル出身
高校卒業後、1976年(昭和51年)留学生として来日。日本の大学卒業後、24歳(昭和57年)で起業。30年間に渡り横浜と東京銀座を中心として25店舗以上手かけた飲食経営のプロフェショナルとして豊富な経験と実力の持ち主。平成20年50歳のとき、日本国籍を取得。

●プロフィール
1958年韓国ソウル市生まれ。
1976年、大学留学生として来日、卒業後、帰国せずに24歳で(株)コスモインターナショナル21を設立、飲食業界を中心に、主に経営コンサルティング、母国語を活かした通訳・翻訳家として活動する。
2005年、世間を震撼させた「姉歯耐震偽装事件」の被害者のひとりとなり、再建の過程におけるさまざまな経験を通じて、「人が人らしく生きることに国籍は関係ない」と帰化を決意、2008年に日本国籍を取得。
2012年、起業して満30年が経ち、携わった店舗数も30店舗を超えたことを契機に第一線を退く。
知人の目標達成を応援するために始めたコーチングが、いつの間にか、「波乱万丈であった自分の人生経験が人の役に立っている」ことを確信し、残りの人生をプロコーチとして歩んでいくことを決意。クライアントと真剣に向き合う日々を送る。

「人の成長には、スキルよりも"人間力"の強化が不可欠」という信念のもと、自身の経営者としての経験・実績を生かし、主にサービス業界に携わる人々のパフォーマンス向上に力を注ぐ。
また、「コーチは究極のサービス業である」と声を大にする。
「仕事」とは相手に「感動」を与えることであり、「儲かる」という字は「信」じる「者」と書く。熱心に相手に感動を与える仕事を実践し続ければ、自分を信じてくれる者が多くなり、儲かることにつながることを信じてやまない。

世界基準のコーチングを日本に広める国際コーチ蓮盟(ICF)日本支部における活動の傍ら、東京コーチング協会(TCA)設立に深く関わり、コーチやコーチングのプレゼンス向上に貢献する。コーチングをアジアに浸透させていく上では、「西洋中心」「スキル中心」のアプローチのみならず、「意識的」「文化的」な観点を取り入れることが重要であると考えており、その中で日本が果たすべき役割は大きいと信じている。

エグゼクティブ・ビジネスコーチ、プロコーチ等のメンターコーチ。
年間のセッション時間数は1,000時間を超える。
得意とする『顧客のための本当の「おもてなし」講演』では、天下一茶人である千利休の「一期一会」「三服の茶」「一座建立」を熱く語る。

尊敬している人物:松下幸之助、千利休
座右の銘:「我以外皆我師也」


ご挨拶

父が日本の大学の留学生であった事もあったせいなのか、両親の強い要望で日本の土を踏んで、もう早39年、この歳になるまで、日本人になって、プロコーチとして、こんなにいい世の中で生きているなんて夢見ることさえ出来なかった。
留学が終わったものの国に帰らず、本来の両親の期待を裏切りながら好きに生きて来た代償は思ったより大きく、相談する親類も愚痴を溢す幼なじみもなく、天下孤独の日々であったのは違いない。
取り合えず、生きて行くために始めた飲食店の経営が、いつも間に一店舗が二店舗になり、気が付いた時には、止まる事も下がることも許されない自分が作った歯車の中をリース見たいに漕ぎ続けて30年であったが、お蔭様で素晴らし出会いとたくさんなことを学び、経験することが出来ました。

「失敗は、いっぱいある」「苦労は、していません」「能力より人間力である」

今、言えることですが、 「人は常に何かを選択する。 そして行動をする」


もし、その時代に私がコーチングに出会っていたのであれば、自分が本当にやりたい・なりたいことに気づき、選択のカテコリが増え、結果は変わらなくとも、孤独で、自分の選択に自信半疑で、眠れない寒い夜を減らすことが出来たのではないかと思います。
コンサルティングのかたわら、コーチングに力を注ぐ理由は、私自身、一番コーチングが必要だからであります。
コーチングを受けることで、脳が刺激され、新しい発想が生まれ、チャレンジと発見で人間力UPのコーチになりたいと心から願っています。

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